人生必ず終わりが来る。
生まれた以上、ある意味平等に、だ。
それがいつになるのかは、誰にもわからない。
自分自身の命だというのに、誰にもわからない。
三途の川の向こうに行った人には、もう会えないから、いったい最期を迎えた先は、何が待っているのかこの世の誰にもわからない。
だからこそ、とっても不安で、怖くて、死を忌み嫌うものにするのかもしれない。
だけど、誰にだって終わりは来るのだ。
なんて、儚い人生。
だけど、いいことも悪いことも含めて、すべてが自分の人生だから。
そして、一人一人にそれぞれの人生があるのだ。
いい人生、悪い人生、決めるのもその人だ。
最期の場所を迎える場所はどこがいいんだろう、と、病院を選ぶ人もいれば、自宅を選ぶ人もいる。
どちらも正解で、間違いなんてない。
人生100年だからといって、100年生きる必要はないし
自宅で亡くなる人が増えているからと言って、自宅で最期迎えないといけない決まりもない
流行っているからって好きになる必要もなければ
自分で良い、と思うものを選び取る、自分で答えを出す時代なのだ。
だから、人の数だけ答えがあって、その答えも、変わっていってもいいのだ・・・
今日もまた、ひとつ最期の時を迎えようとしている患者さん。
ご本人は認知症がひどくって、話したことを秒殺で忘れてしまう。
だけど奥さんが帰るよっていったら「気を付けてね」っていうの。
男まさりの奥さんで、姉さん女房。
最初はわだかまりがあって、怒鳴られて、めっちゃ怖かったけど
「あなたが間違うこともあれば、私も間違うことがある、でもそれがお互い打ち解けられたらうれしいよね」
なんて、50個近く年上の方にいわれて、委縮してしまったけど、確かにそうだ、って思った。
今や、通帳まで見せ始めてドキドキしちゃう。
肝っ玉の据わった、竹を割ったような性格なのだろう。
長年連れ添った、穏やかな旦那さんの最期を前に、兄貴さながらにさばさばと持論を説く奥さんはすごくかっこいい。
私は誰にも甘えない―――――
90手前でめっちゃかっこいい女性ヨ。
仕事がらみじゃなかったら、きっと頼りがいのある、世話好きな人なんだろうな…
最期を目の前に、ひとつの夫婦のお別れのストーリーを見させていただく気持ちだ。
どうか、苦しまず、痛くなく、穏やかな二人の時間を迎えられますように…。
そして、この私の命も、誰かの幸せな時間、穏やかな時間のために、燃やしていきたい。熱く、熱くありたい。
毎日が人生勉強をさせていただいているんだ…
そう思って、お2人の時間をいっしょに過ごさせていただいて、ちょっと泣きそうになった。
今日の感謝3つ
①今日転院の患者さんの娘さん。私に話を聞いてもらって、本当に心が前向きになったって言っていただけた。そうわざわざ言ってもらえたことが私も嬉しかった。声をかけてくださったことに感謝。私の真の喜びだと思った
②男まさりの奥さん、めっちゃ兄貴分。昨日はめちゃんこ怒鳴られて怖かったけど、大事なお父さんのことを、ルーティンに乗せてしまって大事にしなかった私がいけなかったと思う。いろいろなことを気づかせてくれるお母さん。最後には私の心配もしてくださって、すごくいい人だと思う。嫌いにはなれない、むしろ好き。
③手が回らなかったときに、自分で行動して動いてくれた看護師さんに感謝。私の仕事だったような気もするけど、でも誰がやってもいいところでもあるから、ありがたかったな。