難病になった患者さんと関わることになった。
先月末に診断がくだされてすぐの入院。
器械をつけないと、十分に呼吸ができないそうだ。
器械を着ける準備の入院。
主治医から訪問看護師やら制度の説明やらをお願いされたものの
ご本人はとてもそんなややこしい説明を聞けるような心境じゃなかった。
難病ってだけでショックでさらに器械の助けが必要になった。
入院する前にも社会制度の話は聞いたけど、右から左へ流れていって
若い子がわーって話してるなって思っていたよ。
もうこれ以上何かを詰め込むのは酷なこと。
そもそも病気の需要ができていない。
そりゃそうだ、まだ難病ってわかって1週間だ。
あまりにもの急展開。
ここはシンプルに、急がずに最低限のことだけを進めよう…。
なんて考えた。
まずは信頼関係を、自宅に帰っても困らないように。
そこが落ち着いたら次の制度に取りかかれるように依頼をしよう。
バトンをつないでいこう…。
なんて、少しでも患者さんの先のことを考えて退院調整をしたいなあと思う。
人生の転機が訪れる時。
変化っていうのはとってもストレスだ。
病気なんてのは基本的にバッドニュースで、人生の軌道修正をしないといけない。
今までの人生を振り返り、なにか修正することがないか?
そんな視点で見られたらいいけど、命尽きたら、身動きが取れなくなったら
しんどいよね・・・。
何より、入院ってのは気持ちが萎える。
私自身2回入院したけど、あの経験はすごかった。
いつもお世話していた患者さんに自分がなって
患者さんの服を着て患者さんらしい対応をされて
患者さんらしいご飯に生活、お風呂には入れない、好き勝手に人が来る…
病院ってやばい、患者さんらしく仕立て上げられて
あれ?私ってすごく患者さん?
社会的弱者?
自信も自己肯定感も駄々崩れなのよ。
普通ではいられなくなる、社会から孤立する
あの感覚は、看護師を続ける以上、
誰かに寄り添い続ける仕事を選び続ける以上、
忘れちゃいけないよね…。
人生における変化
子どもから大人へ、社会人へ
結婚に出産、親の介護に死
子どもの独立や孫の誕生
老いて動けなくなった、自分の死期が近付くこと
病気だったり事故だったり
政権が変わるとか
時代の移り変わりで戦争が起きたり、疫病が流行ったり
災害が起きたり…
人が生きていくのって変化の渦の中だ
だのに、人は変化を嫌がる、不安になる、避けようとする
もはや変化の中にしか生きていられないのなら
変化があって当たり前だと思うことにしよう
変化があって当たり前だから
この前の日本大好き台風だって頷けるもん。
でも大きな地震はいやだなぁあああできるなら、くるな~
変化に柔軟に、しなやかに、年を重ねると苦手になるけれど
そう意識をし続けていたらやわらかく生きていけるのかもね