最近部屋をきれいにして、バランスボールの上で作業をしているが、どうもしっくりこない。
・・・わかった、空気が抜けておる。
ぼよんぼよんして落ち着かない。
私のバランスボールは、ゴムボールの上に布のカバーがかけてあるタイプ。
見た目はソファみたいな生地なので、家の中になじむ感じが良いと思って購入した。

ぼよんぼよんすると落ち着かないので、空気を入れようと思い立つ。
カバーのチャックを空ければ、空気穴があるはずなのだが
…ない。
チャックから手を突っ込むとどこにもボッチ(空気穴)が触れず、どこに行ったのやらとカバー越しにバランスボールを撫でまわす。
まるで人体への触診のように(これでも看護師だ)
・・・あった
ずいぶん遠くに時間をかけてカバーの中で回転していたらしい。
ボール半分行かない程度の距離。
30cm近く、本来の場所から移動している。
さて困ったもので、ゴムのボールと、布は摩擦が大きすぎて力づくして回転させようとしても微々たる距離でしか動かない。
カバーを手繰り寄せてボールを中で振り回したり、チャックの中から手を突っ込んでボールを無理くりまわしてみたり。
(こうして書いているうちに気づいたのだが、カバーの外からなんとか蓋を外して小さくしてからまわしても良かったのかも?でもやっぱり栓抜きみたいなアイテムで蓋を外さないと開かない仕様だから厳しいか)
ボールを回転させているうちに、こっちの握力がだんだんと疲労で弱くなってくる。
相手をしてもらい娘からのかまっての猛攻もあり、なかなか進まない。
だけど10分くらい粘っていたら、残り半分くらいの距離までボッチが近付いてきた。
そこでパパにも協力依頼をしたところ、やっぱり男性はすごいね。
ずぼッずぼぼぼーーーん
と荒っぽい音をたてながら、ぐりぐりとまわしてくれて、空気穴がお目見えした。
そのせいか、チャックははじけ飛んでしまったけれど、それも力づくで直してくれた。
おかげで今は、バランスボールに座って、ほどよくバランスをとりながらこの日記を書けている。
けっこう疲れてくるということは、私の体幹も弱っているということだろう。
背筋を伸ばして、腹に力を入れると、腹筋にも背筋にも聞いてくる気がする。
姿勢がいいから、肩こりにもならなさそう。
気分転換に時々揺らすと、骨盤のストレッチにもなりそうだ。
いやーしかし、バランスボールの空気を入れるのにこんなに難渋するとは!
買ってみてつかってみないとわからないものだなぁ…
ちょっとしぼんだな、と思ったら、あんまりスキマが開く前に空気を入れるのがいいのかもしれない。
こまめに空気を入れるのはちょいと面倒だが。
もしくはカバーのないバランスボールにしておくとか。
そうすると冬場は寒そうだし、夏場は汗で不快になりそうだな…。
このことがあって、買って失敗だったな、なんて思うことはない。
学びになったな、とは思うのだ。
見た目の可愛らしさや、部屋になじむかどうか、使ってみた感じ…など。
価格もそうだし、場所を取るから何個もいらんし。
そして、購入したときは、1年先のことはわからない。
失敗と思うか、学びと思うかは、これまた別。
個人的には、いろんな
「だーーーー失敗した―!!」
と思うことも、次に生かそう、何を改善すればよかったのか?と振り返る、そのすべてが学びでしかないのだ。
日記を書いて腹筋がぴくぴくしてきた。
これはいいかもしれない、疲れたら、頭も体もいったん休めるといいかもしれない。
これもまた、やってみて、だ。
常によりよく、を考えていると、暮らしやすくなったり、幸せを感じたり、迷いが減ったり…。
一生懸命考えないといけないときのために、日ごろから考えるようにする。
考える力=バネのように思う。
考えることは、バネが伸び縮みしやすくなるようにストレッチするイメージ。
これからも、なにかにつけて考えたい。
人間は考える葦であるのだから。
なんか、好きな言葉なのは、私が考えるのが好きだからかもしれない。
・・・1日1個捨て習慣のおかげで、午前中、ためにためたサヨナラするもの達を一斉にさよならしてきた。
月に2回だけ休日に普段なかなか捨てられないゴミたちを捨てさせてくれるところがある。
きっと来月になれば、年末にかけてたくさんの人が集まるだろう。
わが家は一足先に、すっきりとしてきた。
人と同じ行動をする必要はないと思う。
むしろ、人と同じ行動をしても、幸福を感じられないかもしれない。
私らしく、私たち家族らしく、やっていけばいい。
それはどんな人にでも、どんなご家族にでも当てはまることだ。
それでいい、それで。
答えは他人が決めるんじゃない、社会の常識だけが決めるんじゃない。
それぞれの正解を模索するのだ。
今日早く日記があげられたから、
これから何をしようかな。
娘ががんばっているうちに、私も本を読んだりしたいな。