バイアスがかかっているかも…
同じ患者さんを見ていても
職業や経験値によっては、全然違う見え方がするのかもしれない。
患者さんの今後を考えるカンファレンスの中で、自分にもバイアスがかかっていないか、気をつけないとな、自分一人で考えちゃいけないよなって思うことがあった。
あんまり細かく言うと個人情報になるので、ふわっとさせる。
わけわからん感じになると思う。
(私がわかれば、まぁいいのさ、いちおう日記だし)
内科の先生
これは延命だから、やめてしまいましょう
小児科の先生は
子どもで同じことが起きたら、これは延命と言ったらこの子の命を限ってしまうことになる
リハビリの先生
この状態で、可能性は低いとしても、急性期の後のリハビリの段階で長い目で見て、案外良くなる人もいるから、ここで延命と言って辞めてしまわない方がいい
慢性期の病院の経験がある先生
慢性期の病棟では同じような状況になって、ただ生かされているだけって人がいるので、ちょっと考えてしまいます…
なんて、
同じドクターでも、ジャンルが違えば見解が違うのだ
私たちって、知らず知らずのうちに自分の見てきたものが
まるで世界のすべてなのだ、という、錯覚に陥る。
自分の目で見ているものって、ほんのちょっとでしかないのに。
自分の中にしらないうちにバイアスがかかっているかもしれない。
これは誰にだって言えることで、誰でも起こりうること
そして、
いつでも自分の目で見ているものが、すべてではないということ
それを知っているか、知らないかでずいぶん世界の広さが変わるんじゃないだろうか
大事な局面であるほど、多くの、畑の違う人たちが集まって
それぞれの立場から見えるものを話し合って、全貌を見ていくのだ。
自分の意見と違うからと言って、
正解だ、間違いだ、って断じてはいけない。
たぶん、正解がパシッと決まっていることなんて、
小学校の算数くらいじゃないの。
世の中はもっと複雑で、見えないものだらけで、
角度を変えて、深く潜ってみたり、近づいたり離れたりして見る…
それは、自分一人じゃない誰かと、対話する作業もいっしょのこと。
そして、バイアスがかかっているかもしれない、って覚えておくことが大事。
さらに、誰かと意見が違ったと言っても、それは見えるものが違うだけかもしれないよってこと
だから無駄に口論になる必要もなければ、傷つく必要もない。
話し合いを恐れるな
話し合わうことで見えるものがある
答えが出なくたっていい
答えを出すために、必要な情報をみんなで集めよう
そして、また話し合おう
自分一人の頭は本当にちっぽけな世界
他者の意見が自分と食い違っていても、
そういう考えもあるのだな、と受け止められると、もっと世界が広がるんだろうなぁ
今日の感謝3つ
①いっしょに相談に乗ってくれる先輩看護師にマジで感謝!
②意見をパシッと言える先生が、マジでかっこよかった。
目が覚めるようだった!感謝!
③遅くなって申し訳ない…待っていてくれた娘ちゃんに感謝。
昨日宿題で喚き散らしていたけど、なにかが腑に落ちたらしく、すんなり今日はできていたよ、娘なりに考えているようだ。でもやっぱり甘えんぼ。