gradation MARBLE

日記で振り返りと思考、退院調整看護師の呟き

目に見えないものとか、数値化できないものをないがしろにしちゃいけないと思う、心って大切と言いたいのだ、私は。

スピリチュアルなこととか

宗教的なこととか

目に見えないものって敬遠しちゃうというか

信じきれないというか

不信がっちゃうというか・・・

 

でも、ただ機械的に業務をこなすよりも

患者さんと何気ないお話をしたり、ご挨拶をしたり

いっしょに外を眺めたり

ご家族のことをきいたり、お仕事のことをきいたり…

そんな中でこそ、見えない絆というか、信頼関係って築かれると思うの。

 

その人を見ているかどうか

大きなポイントだと思っている。

 

○○病の患者さん

○○手術をする患者さん

 

病院では、そいう風にラベリングして

1日目はあれをして、

2日目はこれをして

〇日目にはそろそろ退院で…

みたいなスケジュールで、まるで患者さんをベルトコンベアに乗せたみたいに扱うのだ。

 

これは、病院が多忙を極めて、病院の中で試行錯誤した結果によるものだ。

もっと心を込めてとか、誠意をもってとか

いろいろクレームはいただくけど

最優先の命を守るためにとった末路でもあると思う。

 

昔は機能別看護といって、思いっきり分業制でやっていたけど

それじゃいけないよねって、一人の患者さんに一人の看護師が担当する形をとった時代もしばらく続いた。

でもそうすると、業務が回らないとか、一人の看護師が抱え込みすぎるとか

いろいろあって、最近の業務がスムーズにいくような体制に戻っていった気がする

幾分、イマドキの要素を込めて。

 

そこに、最低限のタスクをこなす関係であればあるほど、患者さんとの信頼関係は築きにくい。

治療は、ご本人の治そうとする力を発揮するために行われる。

医療がいくら発達しようとも、その根本は変わらない。

その中で、ご本人の闘病への気持ちや、集中して治療に臨む環境がなければ、治療の邪魔をしかねない。

 

そんな中で、看護師は業務をこなす以上に、本当は心に寄り添える余裕があるといいのだ。

全人的に患者さんを見る、べきで、身体的にも、精神的にも、社会的にも・・患者さんを見なさいと良く言われるが、身体的な面には注目するけれど、精神面、社会面に対しては弱い看護師は多いと思う。

なぜなら病院の中だからで、社会とは話された場所にいる。

あとは、忙しすぎて、心にまで心がまわらない、辛い所。

 

大好きな人といっしょにいる時

大好きなことをしているとき

心躍るようなときは人って心軽やか

何でもできるような気がする。

 

病に伏したときは、その逆側にいて、心も落ちてしまっていることが多い。

その心を、少しでも落ち着かせて、不安を和らげて上げることの大切さって、あるのだ。

それくらい心って大事。

 

スピリチュアル的なこと

宗教的なこと

何かにすがること

心が安心できることって、身体にとって、とっても大切なこと

目に見えないからとか、数値として測れないからってないがしろにしていいわけじゃない・・・。

 

ある意味、そういうものがある人ほど強い気がする

そして、そういうものがない人ほど脆い気もする。

 

さーてそろそろよくわからなくなってきたけど・・・

心が大切で、心をないがしろにするようなことは良くないよねって

言いたいんだと思う・・・(;´Д`)眠すぎーーーー

 

 

今日の感謝3つ

①ものすごい質問ばっかりする患者ご家族さんのおかげで、とんでも長くなった退院前カンファレンス。みなさん、一生懸命答えてくださって、すごくいいカンファレンスになった、感謝しかありません。

 

②ものすごくタイトなスケジュールなのに、合わせてくださった、いつも助けてくださる、訪問看護さん。本当にお忙しいだろうに、何とかしようとしてくださって・・・本当に感謝しかない

 

③退院日が決まった、ガン末期患者さんの自宅退院。その調整中に、奥さんが感動して泣けてきちゃってね・・・家に帰ろうね、お父さん家に帰してあげようね・・・

ご家族との温かい時間を過ごせますように、大変かもしれないけど、ご家族のとあるひとつの最終段階を迎えるのだ、大変に決まってる、いっしょに一生懸命考えてくださってありがとうございます。思わずお互いハグしちゃった・・・