立場は違えど、役割は違えど、自分の看護をしている
学生さんが2時間だけの見学実習でやってきて
多職種が連携しているところを見ていった。
地域の中で割と大きめの病院に勤めているのだけど
何か病気になって治療が必要になって開業医だけだとちょっと厳しい時
ちょっと大きめの、急性期病院にやってくる。
たくさんの職種が働いていて、それぞれの得意分野や畑から見えることを共有して
一人の患者さんがよりよい治療を受けられて、退院調整部門では退院に向けて
お互いの情報共有をする
医師、看護師、リハビリ、ソーシャルワーカー、他にもたくさんのコメディカル、事務さんだって。
病院外からも訪問診療の先生、訪問看護さん、訪問リハビリ、ケアマネさん
介護保険のサービスで、デイサービスやヘルパーさん、ショートステイ、福祉用具…
たくさんの専門職が行き来する。
看護師が一人であーだこーだしたって、どうにもならないのだ。
一人の人間が生きるってことは、身体だけじゃなく、心も仕事も、生活も、人生観も、家族関係も・・非常に複雑で絡み合っている。
病棟の看護師としても、私のような退院調整の専門の看護師だとしても立場が違う。
病棟看護師さんは、患者さんのすぐそばにいて、患者さんの人となりや治療経過を目の前で見ている。
退院調整看護師は、最初はカルテの上で情報を集めるだけ。
お顔を合わせない方もいるかもしれない…
とはいえ、どちらも看護師、立場が違えど、やっていることは看護なのだと思う。
私は、患者さんが生きてきた人生を
入院前から、退院後までその人らしく、その人が望む道をできる限り叶えてあげたいと思う。
人生に寄り添って、人生の中で、困難な時期を乗り越えて、もしくは生涯抱えながら生きていくのだ
どんな退院後の生活を、人生を描くのか、伴走したい。
これも、一つの看護の形なんじゃないかな。
そして、病棟看護師にもお願いしたい。
退院調整に入って、退院調整看護師が出てきたとしても、看護は終わっていない。
任せっきりにするのはおかしいんじゃないの。
いっしょに考えて、患者さんが安心して退院できるように、退院後の生活をいっしょにかんがえていこうじゃないか。
ただ指導をすればいいんじゃない
ただ、サービスを入れて、やってもらえばいいんじゃない
退院させて、病院としてはお別れかもしれないけど、その人の人生は続いていくのだ。
毎回学生さんたちが来てくれると、熱く語ってしまう
細かいことはわからなくてもいいけれど
患者さんの人生は退院後も続いていく、ただその日の業務を終わらせるだけじゃなくて
いっしょに想像して、その日自分が何を患者さんにできるのだろうって考えられる人になってほしい
看護師になったばかりの時は、業務を覚えることで新しい生活に必死だと思う
そんな余裕ないと思う
だけど、いつか仕事が身について、この実習がふっと思い出せるようになったら
少しでも患者さんの未来を考えられたら、きっと看護にも生きてくる
看護が楽しくなるよ…
私の部門にくる学生さんは、短期でしか来ないから、どこまで伝わっているかわからないけど、なにかが残ってくれるといいな
あとは、身体に気を付けて、がんばってほしい!
そして、学生さんの振り返りのときにぽろっと出た言葉
立場は違えど、役割は違えど、自分の看護をしているんだと思う
あぁ、なんか自分の仕事に対して、腑に落ちた
私なりに、病棟を離れたとしても、看護をしてるんだって
ちょっと感動した
今日の感謝3つ
①学生さんたちが、がんばってメモを取って、一生懸命何かを持って帰ろうとする姿に、単純に嬉しかった。いろんな学生さんたちがいて、みんな頑張ってやっていってくれる子がほとんどだけど、何度見てもわからなくても頑張ろうってしてくれる姿はすごくうれしい、私も元気が出る。身体に気を付けて、自分の思う、看護師さんになってね
お会いできて感謝
②自分がわからないことに対して、素直に謝って教えを乞うことができた自分に感謝だ。自分がいけなかったとか、悪かったとか素直に認められる
いらないプライドが少しなくなってきたのは、常々、いろんな可能性をかんがえているからだろうか
私に、いろいとと知恵を下さった方々に感謝でもある
③一生懸命ママに甘えて、かまちょしてくる娘が大好き
生まれてきてくれて感謝(定期確認)