仕事ができるとはどういうことをさすのか・・・?
ふと思い出したことがある
娘が2歳から3歳になる頃
父が大腸がんになって、入院して
人工肛門を造って…
最後は緩和ケア病棟で亡くなった。
亡くなった後、銀行やら株やらカードやら、携帯電話…解約やら退会やら
なーんも、最期の準備をしなかった父の後処理?的なことを、
心身共に疲れ切った中でやったのだ。
その中の1つ
車の処分をするときだ
父が退職してから気に入って乗っていた車
娘が生まれてからも、せっせとチャイルドシートを買って
保育園の送り迎えを手伝ってもらったり
どこかに連れて行ってもらったり、小さな娘もなじんでいた車だ。
その処分のとき、名義変更をするのか、得るのか
車が大好きで自動車関係の仕事にもついていて、
父の形見のような車をどうしたらいいのかいろいろと悩む中
ずっとお世話になっていたディーラーさんは
面倒そう?な感じでこちらの話も聞く間もなく
あっという間に売る手続きをして、持っていってしまった
小さな娘が
「じーちゃんの車どっかもっていかれちゃうの?」
って小さいながらにいなくなってしまうことを悲しんでいたな…
人には心がある。
ビジネスとか商売とか
仕事ができるってのは、いろんなタスクをこなすとか
問題事を解決して調整して…ってことだと思う。
だけどさ、やっぱりどんな人にも心があって信頼関係っていうのは大切だと思う。
いくら人が死んでしまって、車の持ち主がいなくなって
車を買ってもらえないとしても
残された家族の気持ちを思い測ろうとしない人から、車を買いたいなんて思わないじゃないか
もうそこの会社からは買いたくないって思って、違う会社に変えた。
看護師の世界でもそうだ
その人の業務をこなして、時間で終わればハイ、仕事できます!ってわけじゃない。
心身ともに弱り切った人たちに、ただ業務だけ機械的にこなしていいわけがない。
それはもう看護の世界ではない。
そりゃ、時間通りに終わることもすごく大切なことだし、他の業務にひびいてもいけない、他の患者さんの命と安全にも関わることだからさ…
ただ、タスクをこなすことが仕事ができる人、なんて思いたくない。
けど、残業ばかりの自分がいいとは絶対に思えない。
得意、不得意がある中で、力を合わせて仕事ができるとか
自分ができる範囲で過ごせる仕事に変えた方がいいんだろうね…
なんて、考えてしまうのだ
人生折り返しの40代
今日の感謝3つ
①新しくご縁のできた、訪問診療の先生と、ケアマネさん、すぐに対応して下さって、本当に感じが良くてありがたかった・・・感謝しかありません
②病棟師長さんの仕事のできっぷりには、いつも感動しかないや、いつも助けてもらって感謝です
③患者さん、ご家族の方がいっしょに退院まで頑張ろうとしてくださる…いっしょに動くってすごく嬉しいな、そりゃ自分事かもしれないけれど、いっしょにがんばる、は単純に嬉しい、感謝