人生100年時代と言われるから、やたらめったら100歳まで生きなきゃいけないなんて思うのかしら。
平均寿命を超えていて、いつお迎えが来てもおかしいのに
突然の病気で病院に入院
医師から
「高齢なので、なにかあったら助かる見込みはありません。延命治療は望まれますか?」
実際には、延命治療の内容とか、入院後の予測される経過とか、治療方法とかいろいろ詳しく先生たちは説明してくれる。
基本的に高齢と呼ばれる患者さんには基本的に入院してすぐに、延命治療について確認がある。
この質問に対して、
「そんなこと、考えたこともありません」
なんて答えるご家族が、まあまあいる。
(本当にひどいと、対して考えもせずに、「まあやっといてもらったら?」なんて返事するご家族もいたりする)
こんな記録を見ると、けっこうびっくりする。
生まれた以上、いつかみんな死ぬのだ。
いきなりバタッといくとは限らなくて、だいたいの人は緩やかに老化して、動けなくなって、食べられなくなって、最期に向かっていくのが今やほとんどだ。
病棟時代の夜勤のとき、ふと
「入院患者さんが、平均寿命を超えた人ばかりなんだな~いつ息を引き取っていても仕方ないじゃん!」
なんて思った時は、ちょっと震えたな・・・そんないつ最期を迎えてもおかしくない年齢の人たちがいて、なんなら病気なのだ。
看護師さん達って、そんな命を守っていて、なかなかすごい仕事をしているんだなと、思ったものなのだ・・。
死について、考えたくないのもわかるし、死を見たことがない人が、核家族化ですごく増えた。
死の以前の、家族が老いていく姿もあまり見ていない。
だから病院に入院すればすべて元通り!なんて考えなのかしらってご家族もまあまあいるのだ。
入院してくる高齢者を迎えるたびに、「延命治療はどうしますか?」に対して誰もがすぐにお返事ができる状態だといいと思う。
毎回毎回Drが説明して、「考えてませんでした、また家族で相談して答えます」で待つ時間も惜しいくらい、病院はひっ迫している。
どんな病気か、どんな経過か、どんな価値観か、
先生の説明によっては、すぐにお返事できないにしても、事前に話し合っておく方がお互いのためだ。
ずっと同じ毎日なんてありえない。
確実に時間は過ぎていって、見えないところでどんどん変化している。
いつかは迎える老いと死に対して、真正面からぶつからないといけないときが来るけど、心の準備ができるように、本人に直接話せるなら話して、せめて兄弟がいるなら兄弟と話し合っておくといいよね…
でないと、望んでもいない延命治療で身体を傷つけたり、人に全部世話をしてもらわないと生きていけない状態になって、ただ生かされてるだけでいいのか…って
どんな選択肢を持ったとしても、100%なんてことはない。
命のことについては、なおのこと、だ。
後悔がないように、なんてきれいごとだ。
自分で選んで、選んで、選んで。
人生の選択肢を自分で選んで進むのだ
それが唯一、後悔を少なくする方法なんだと思う。
なにごとにも後回しにせず、いつかやってくる大きな決断を、すこしでも準備しておくために。
そして、絶対にやってくるのだから、絶対に苦しむし、慌てるし、不安になる。
それを避けようなんてのは無理な話。
存分に苦しんで、自分で選んで、最期を迎えられるとよいよね。
だってそれができない人だって、いるんだからさ…。
今日の感謝3つ
①にこやかなスーパーの店員さんの笑顔は嬉しくなりますな、感謝です。
②お昼寝させてくれた家族に感謝です!
③美味しいコーヒーを入れるべく研究してきて、喜んで飲んでくれるパパに感謝だー