娘は小学校4年生。
12月うまれなので、まだ少し10歳までには時間がある。
10年、あっという間だったな。
ちょっと思うところがある。
先日の、ちいかわハッピーセットのときも、発売日当日おもちゃがどうしても手に入れられなかったけれど、数年前の娘なら半狂乱で怒ったのに、それがない。
成長したな・・・と思いつつも、実の親にさえほしかったのにーと言えないのは、ちょっと心配。
そいでもって、娘がドはまり中の、少女小説の新刊が発売されたところなのだが、いつもなら、意地でもすぐに手に入れないと、いつまでも不機嫌だったのに、それがない。
最後に前々から、デリバリーのピザが食べたいと言っていたのに、何食べたい?と聞いて、ピザと答えながらも、手作りピザになりそうになったら、仕方ないなって顔をしながらも、本当は買ってくるピザが食べたいって言えなかった。
自分のやりたいこと、好きなこと、言えなくなっているな。
恥ずかしさとか、ちょっとしたプライドとか、自分の心を開示するのが、なにかひっかかるようになってきたらしい。
学校でもきっと遠慮がちで、友達と遊びたいとか、話をしたい、とかそういうのにはちょっと一歩引いてしまっているように思う。
私が、あんまり友達がいないし、ママ友なんていないし、他人と付き合うのが苦手なタイプ。
仕事とにウェイトを置きすぎて、自宅ではぐったり、ズボラな母の姿だ。
そして娘はひとりっ子、産まれた時から自分の世代は大人の中でひとりだけ。
同世代のこと遊ぶ機会はあんまりなかった・・・?
こともないか、早々と保育園に言っていたな・・・。
でも子ども同士というよりも、絶対的に間に入ってくれる先生たちがいてくれたしな。
遠慮するとか、子供らしさが欠けているとか、こんな不安は私のものだ。
私が勝手に感じていて、勝手に不安になっているだけ。
なんでかって、私がひとりっ子で、好きなこともやりたいことも、あまり言えないのだ。
でも、でも。
これだけの年になって、限られた人にはきちんと言える。
自分の好きなこと、やりたいこと、食べたいもの…
そして、全部が全部開示する必要はないし、何をするのかしないのかは、その人の勝手だ。
そう、それは娘にも言えること。
ただ、まだまだ子供で、未来がいっぱい広がっていて、この先に大変な思いをするんじゃないかとか、嫌な思いをするんじゃないかとか、自分では責任を持ちきれないとか…
そんな「私の」不安が、娘の成長とともに、大きくなるのだ。
それだけ大事な娘であるのだけど、とにかく親ってなんにもできない。
ただひたすら待つしかないし、信じるしかないし、守るしかないけど、守りすぎてもいけないし。
そういえば、娘が生まれた時、おじが言っていた言葉が印象に残っている。
親って一生心配するもの、心配が仕事だよ
って。
もう本当にそうだ、心配が仕事だ。
正解が見えないのは、未来がどうなるかわからないからだこそ。
人間はよくわからないことに不安を覚えるのだ。
この葛藤と向き合うのも、親の役割をもったひとりの人としての人生の試練なのかもしれない。
そして、娘もこれから思春期を迎え、どんどんどんどん、身体だけじゃなくて、心も成長していくのだ。
世界を広げ、たくさんの人に会って、社会性を広げていく中で、もっともっと葛藤の中に生きるのかもしれない。
でもそれが、彼女の心身ともに成長になるんだよね。
戸惑いを覚えながら、成長していくのだろう。
そんな時、私は娘の代わりになんてなれやしないから、そっと支えること、応援することしかできやしないんだから…。
このモヤモヤッとした心配事も、これから起こる大きなことに向けての、成長期間ということで、お互いの!
前向きに、やっていこうじゃないかーーーー!
うん。
今日の感謝3つ
①ピザ屋のお姉さんが、にこにこと接客して下さって、なんだか嬉しくなってしまった!感謝!
②ドラッグストアの、少しご年配のレジスタッフさんも、すっごく大きな声でご挨拶して下さって、元気をもらいました、気持ちよかったー私も声が小さくなりがちだから、気をつけよう・・・!
③娘が大好きな小説を書いてくださっている先生!すごく娘が夢中になれるものを創ってくださって感謝!