gradation MARBLE

日記で振り返りと思考、退院調整看護師の呟き

娘の友達が久々に遊びに来た、子育てはいろいろと悩ましい。

1年ぶりに、娘が保育園のころの同級生がお家に遊びに来た。

 

不思議なことに、ここ数日でその子と娘は「久しぶりに遊びたいな…」となったらしい。

 

小学校に上がるととともに、別々の学校になって、しばらくはスイミングでいっしょになっていたけど、しばらくしたら同級生の子は違う習い事に変わってしまった。

 

ひとりっ子で、ママ友のいない私のせいで、これといって仲のいい子がいない娘。

いるっちゃいるけど、同じクラスで、学校だけって感じだ。

 

小学生くらいの時って、同じ小学校の子と遊んでるんじゃないのか・・・?ってあまりお誘いしなかったけれど、うちの子と同じようにもしかしたら、その同級生の子もそうなのだろうか…?

 

なんて思いつつ、だれとどう仲よくしようとも、よきよき、と思い返す。

 

小さい頃は、学校とか、大人が行くところとか、自分の意志とは反して決まった世界の中で生きるのだ。

制限された社会が世の中のすべてのように思えてしまう。

でも、どんどん世界は広がって、いつかは親の力がなくても、自分の思うところに行けるようになるときがくる。

 

ただその時を待っていては遅いんじゃないかと思う時もあるのだ。

 

子どもだから、といって親が制限していてはいけないように思う。

子どもだから早いとか、危ないとか、でも勝手に時間は過ぎて、いつかは大人になる。

流れるように成長していく中で、そんなうまいこと、タイミングよく良い機会を提供できるか?

 

子どもにはわからないだろう、早かろう、じゃなくて

子どもなりに理解して考えて、答えを出して・・・経験して、試行錯誤して

ちょっと痛い目も見て…の方が、心の成長やもっと大きなことが起きたときに耐えられる心を持てるような気がする。

 

娘には遠慮せずいろいろ話しかけるし、難しいことも聞いてみる。

時に意味の分からない言葉が単語が出てきて、こっちに質問返しが来ることがあるから、私にとっても、娘にわかりやすく説明するのに、頭を回転させていい時間になる。

 

時に、考えてみなさいといって、考えるのってすごくエネルギーと時間もかかることだから、しんどくなって甘えだすこともある。

どこまでやらせる?やらせない?の線引きはいつも流動的だから(気分とか体調とか、やりたいことがどれだけあるかにすごくよる)そこを見極めるというか、感じ取るというかこっちも骨を折る作業なのだけれど…

 

たまたま私の方が先に生まれて、娘は私の腹から出てきただけ。生まれるのが後なだけ。

それだけなのだ、歴史から見たらほんのちょっとだけ早く生まれた私が、彼女に少しだけ何かを伝えられたら、伝わったらいいなと思う。

娘を心配する気持ちが、娘の枷になり過ぎないように、気をつけながら…。

 

はてさて、日曜の夜は、なんとなく気が重い。

また、現実に戻るのか、仕事が最近ストレスフルで胃に来る。

生理前の、不安が強くなる時期かな、とも思っているけれど・・・

眠いのに寝たくない。

でもこれって、身体をただイジメてるだけ。

イジメて次の日辛いのは自分なのだ。

とりあえずベッドへ行こう。

眠れなくても、身体を休めよう。

そのうち勝手に寝ているはずさ。

 

自分の未来を変えられるのは、自分だ。

自分の過去を良いモノにするのも自分だ。

このモヤッとした夜をなしにできるのも自分だよね。

 

未来をイメージして、強く、具体的に。

そのイメージに向かって進んでいくのだ。

 

今日の感謝3つ

①同級生の子、そのお母さんに今日遊ぶ時間を作ってくれて本当に感謝!

 

②同級生の子を迎え入れてくれるために部屋の掃除やら準備やら手伝ってくれるパパに感謝

 

③大好きなものをたくさん教えてくださる知人に感謝、好きなものってとにかくエネルギー高くて、モチベーションもあげてくれて…そういう気持ちが生産性をあげるとおもうから、世の中そういう気持ちになるように働きかけてほしいなと思うヨ