gradation MARBLE

日記で振り返りと思考、退院調整看護師の呟き

不十分で十分。退院調整をしているとマジでそう思うのだ。

あれもこれもそれもこれも・・・

 

患者さんやご家族とお話をしていると、なんでもかんでも詰め込んだ要求をされることがある。

 

わかる、わかるのだ。

 

あれもこれもそれもこれも、不安なのだ。

 

だが、それは基本的には難しいな~と思うことも多々ある。

 

とくにご家族ばかりが求めるばかりで、ご本人とは意向が違う場合。

本人が望まない以上、なにか調整しようとしても、

「希望していないことは難しい」に尽きてしまうのだ。

 

転院なんかしないで、家に帰りたい!

施設なんか絶対に入りたくない!

介護保険なんかまだいらーーーーーん!

家に人が来る?!ぜッッッッッたいに嫌!

 

こんなコメント、何度聞いたことか、なのだ。

 

退院とは、退院という1つの目標に向かって進むものだと思っている。

退院するためには、本人、家族、医師、病棟看護師、コメディカル、退院調整担当、ケアマネさんや在宅で支援する方、施設の方、いろんん人が同じところを目指すのだ。

 

そして、病院側から退院した後にフォローする方へ、できる限り円滑にバトンを渡したいと思っている。

 

そもそもが、すべて本人の人生の出来事なのだ。

本人をのぞいて進めることなんてできない。

ましてや、命をどうするか、なんて、決められやしない。

 

私たち退院調整担当に、本人のいないところで

あれもこれもそれもこれも、お願いされた。

本人は望まないだろうけれど、拒否するだろうけれど、とご家族もわかっている。

そうしたらもう、どうにもできないし、押し切ってサービスを入れたとしても

そのあと上手くいかないことの方が多い。

 

本人が

必要と感じて、希望して、納得して受け入れなければ

ただ横暴を働いたととらえられて、もっと悪い方へ進んでいく。

自分をおいて、家族としゃべって、勝手に決めた!

そりゃそう思うでしょう、自分の人生、誰もが決めておきたい。

 

あれもこれもそれもこれも、望みたい気持ちはわかる。

わかるけれど、すべては手に入れられない。

何かをとろうとすれば、なにかを捨てないといけない。

その何かと何かはそれぞれだけど

100%安心できて満足できる、なんて、病院を出ていく時には皆無といっていい。

 

病院というばしょ、退院調整という仕事に限らない

なにかを手に入れたいときは、代わりに何かを差し出すのだ

時間か、お金か、心か、体力か、プライドか、信頼関係か・・・

 

もしこれが、お互いが喜びあえるもの、辛いことは半分ねってできる関係ならよろしいのだが、押し付け合い殴りつけ合う関係だと、困ったものだ。

 

あと、私たちに本人の気持ちを変えさせようとしても、たぶん、変わらない。

本人が困った、助けてってならないと、変えようとしない。

あとは、天下の医師からの説明。

私がいくら説明しても、どうせ医師じゃないしって気持ちになる。

それなりに納得いくように説明しても、あれ?私じゃ医学的根拠に乏しいわよねって、先生にお願いするしかないのだ・・・

 

人生はトレードオフ

 

ただ一つ言えるのは

自分だちがどれだけ大変な思いをしてきたか

を訴えまくる人は苦手

 

だって、大変な人ばっかり見てきて、変な免疫ついているから。

大変な人が他にもいるのに、自分たちばかりスタッフの時間を奪いまくるのは、他の患者さん、ご家族の不利益にもつながるから。

 

って愚痴りたかったのさ、結局。

今回のケースは、入院をきっかけに1つだけサービスが入ればいい方だって思ってる。

まるで伝家の宝刀みたいに、何かサービスがはいれば劇的に良くなるって思うかもしれないけれど、そんなことない。すべては賄えないのだから。

 

今日の感謝3つ

①患者さんのめっちゃ渋い旦那さんが、面談にいくとか、あまりにもいい動きをしてくださって感動した。80歳オーバー、お身体大事にしてほしいなあ

 

②いつも直接電話をしてくれて、指示をくださるDr。すっごい細かくて、ときに面倒だな・・・と思わないこともないけど、丁寧な分、信頼感は抜群だ、うん、やっぱり感謝だな。

 

③歴史だけじゃないことをタックさん教えてくれる、コテンラジオ、3月末に難しい放送になるからって、もう1回聞いた方がいいよってコンテンツ教えてくれた。でもその1個1個が多い上に、今やっている放送も聴いていきたいから、なんか大忙しだけど、たくさん聴けて充実している。嬉しい楽しいだいすき、感謝!